紀行文
2月10日ハンセン病資料館と東村山・東部の史跡を訪ねる 担当(塚田、織壁、大堀、沢熊)
二日前の積雪から一転、暖かな陽ざしに恵まれた。東村山ボランティアさんの案内で、東村山、清瀬、所沢にわたった里の道と文化財、そして国立療養所全生園と敷地内にある国立ハンセン病資料館を見学した。ハンセン病の実相とあやまった政策と偏見のために、患者と家族に方々が受けた苦難について知り、人権を心に刻む見学会となった。
武蔵野線新秋津駅から里の道を南へ向かう。穏やかな南斜面に畑地が広がり、庭先販売のほうれん草がみずみずしい。太平洋戦争末期に庭先にB29が墜落。搭乗員を悼み平和を願い個人が協力者に呼びかけ造立された平和観音をたずねる。傍らに英語訳が併記された氏名生年月日の銘文がある。志木街道をわたり、その名の通り川底が白い石ばかりの空堀川の曙橋をわたる。上り坂の先には全生園の柊の垣根でおおわれた林がある。その一角にある国立ハンセン病資料館へ。前身は1993年入居者自治会により作られた資料館で2007年リニューアル開館。展示見学の前に15分のビデオ学習。展示は①ハンセン病の歴史 ②療養所内でのかつての暮らし ③患者と家族の人権回復への戦いと芸術活動。とても充実した見ごたえのある内容。「もっと時間が欲しい」との声も。
屋外に出てかつての墓地、納骨堂、望郷の丘など遺蹟を見学。園内の売店と郵便局の前を通った。現在も88名の方が生活されているとのこと。
再び空堀川右岸を東へ。野塩橋のたもとに供養塔。西武線下をくぐった先に野塩八幡宮。山門わきの文字がやさしい。円福寺は禅寺。整えられた境内に堂々とした本堂。地元大工の労作の三重塔。本堂より古い薬師堂には、願いがかない目の病が癒えた琵琶法師が琵琶を枝にかけて去った松の伝説。仁王像に見送られてでれば、薬師橋。道の四ツ辻にひざ丈ほどの馬頭観音の道しるべ。次の辻には屋根のある地蔵様。かつての賑いがしのばれる。西武線秋津駅近くに花見堂。線路をわたり出発地点の新秋津駅で解散した。(参加者
63名)
































































