大磯を巡りました

紀行文

12月11日(火)師走の神奈川県大磯町を歩く      担当(関口、島田、塚田、佐藤(環))
気温が今季最低水準だった朝。2台のバスに分乗して、中町のリサイクルセンターを午前8時に出発。10時15分過ぎにJR大磯駅のロータリーに到着した。67名の大所帯のため、A,Bの2班に分かれて見学を始める。A班は、まず島崎藤村の墓に向かう。承和4年(837) の創建と伝えられる地福寺の境内にあり、梅の古木に囲まれて静かに眠るその傍らには妻の静子さんの墓も。墓碑は文化勲章の受章者で建築家の谷口吉郎博士の設計になるもので、簡素なものだった。曇天の中、新島襄の終焉の地へ歩みを進める。石碑は愛弟子の徳富蘇峰の筆によるもので、熱心に見入る参加者もいた。そこから数分の鴫立庵へ。西行法師の歌で名高い「鴫立沢(しぎたつさわ)」に、寛文4年(1664)小田原の崇雪という人が草庵を結んだことが始まり。京都の落柿舎(らくししゃ)、滋賀の無名庵と共に日本三大俳諧道場と言われる。ここまでに1時間を要した。B 班と合流すべくJR大磯駅や澤田美喜記念館に向かう。ちなみに、B班は澤田美喜記念館を最初に見学して、地福寺、新島襄終焉の地、鴫立庵へと回っている。三菱財閥初代総帥・岩崎彌太郎の孫である澤田美喜は、戦後、混血児教育に情熱を傾けた。生前の遺思を引き継ぎ、この記念館は開設された。戦前・戦後の40年に亘って同氏が蒐集した江戸時代の隠れキリシタンの遺物や関連資料などの貴重な資料ばかりで、参加者は西田館長の説明に熱心に聞き入っていた。この後、バスに分乗、大磯港にある駐車場へ。寒さの中、参加者はバスの中で持参した昼食を済ませた。
午後は12時50分、明治記念大磯邸園の見学から始まった。明治維新150年記念として一般公開を始めた旧大隈重信邸や旧陸奥宗光邸の邸園などを参観した。公開は今年末までで、以後の公開は未定という。貴重な機会だった。次の県立大磯城山公園にある旧吉田茂邸は吉田茂首相の養父が建てた別荘が始まり。平成21年に焼失したが、平成28年に再建された。和風建築の粋を集めた造作には素晴らしいものがあった。また、次の旧三井邸城山荘をモチーフにした郷土資料館は健脚組のみが見学した。吉田邸の見学あたりから細かい雨が降り出す。朝からではなく、見学会終盤で助かった。雨の小金井に帰着したのは5時半過ぎだった。             (参加者67名)


2018年12月11日